2015年11月01日

昭和乙ニュース(55)クワよサヨナラ 昭和28年

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「山深い山梨県中巨摩郡巨摩町飯野」でのお話。現在の南アルプス市飯野だ。

 農協の一室に集まった4Hクラブの面々は「三十名、男女ほぼ同数、平均二十歳の若さ」。誰かが「オレたちの一生もクワとマンノウのドレイかなァ」と言い出したのをきっかけに議論となった。マンノウ(万能)とは刃床部が薄い除草専用のクワのこと。

 人海戦術の農法ではアカンのではないかというわけだ。実際、「農繁期には人手が非常に不足」する。その結果、「タンボの方は遅れ、作物の適期マキが出来ず、人夫費は高く、生産コストは年々上る」という「悲観すべき有様」となってしまうのだ。

 侃々諤々。結論は「農法の機械化」。目を付けたのが「動力耕うん機」。とりあえず「県庁の改良課から一台借りてクラブ員一人一反歩を耕作」してみたところ、残念なことに「うまく使えず故障だらけ」。しかも先達からは「若いモノはなまけたがる」と言われる始末。

 それにもめげず「全員は機械の勉強」にとりかかる。結果、「耕うん機による耕作法を近在によびかけ」るほどにもなった。驚いた先達たちは、一反歩を耕作する場合を計算してみた。一反歩は300坪(600畳)、約150Kgの米が収穫出来る面積だ。

【牛馬】
 労賃800円+飼料200円+カブ切りの日当350円 = 計1350円。※カブとは、木や草を切ったり刈ったりしたあとに残る根もとの部分。

【耕うん機】
 石油代280円。時間は4倍の早さ。

 これで先達たちも納得したのだが、問題は耕うん機の値段。なんと「一台二十万円」。大卒事務職の初任給が9200円の時代だったから、今どきに直せば1台400万円近い値段だ。そこで「ガンメイな年寄りを説得」しつつ農協にも働きかけ、ついに「第一回十台の導入」にこぎつけたというからすごい。

 取材時、「巨摩地区では五十台の耕うん機がフルに運転」していて、そのうち4Hクラブの所有は「十七台」。「クワと別れ新しい経営の一歩をふみ出した」というわけだ。

 ちなみに当時の耕うん機は、動力源となる発動機をトレーラーに載せ、ベルト駆動でロータリーを回転させる仕組み。発動機はディーゼルエンジンが主流で、耕うん機以外のさまざまな用途に使用された。

▲4Hクラブが保有したと思われるクボタの耕うん機。重そう。

画像:朝日新聞夕/昭和28年11月15日

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2015年11月03日

昭和乙ニュース(56)ロゼット洗顔パスタ 昭和30年

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「欧米人に見劣りせぬ 美白の顔に」なるには、「ロゼット洗顔パスタ」で「新漂白パック美顔術」に限る・・・白子さん黒子さんが登場する以前の新聞広告だ。

 使い方は「約一瓦程」を厚めに顔に塗り、しばらくして洗い落とす。するとあら不思議、「深部の脂や汚れは外に出」ていくのと反対に「漂白剤や栄養分は奥深く入って」いく。その結果「色黒、ニキビ、ソバカス、シミ、荒肌等の方々がスッキリと色の白い若肌」になるという。

「漂白剤」とは、練り込まれた「天然硫黄パウダー」のことらしいが、広告の片隅に「石鹸では白くならない布地もロゼットで洗えば見違える程純白」になるとあるから、なんだか洗濯物になった気分。でも、「並はずれの 色黒」が「美白の顔」なるんだがらガマン、ガマン。

 60グラム280円也(一般的な化粧クリームは80円)。公務員の初任給が1万円未満だった時代だから、今どきの価値にすると6000円ほど。それでも「アメリカ大流行のワックス・パック」だと1回「数百円を要する」から、約2か月間毎日パックして280円なら安いもの。しかも「安全手軽、気分も爽快」らしい。

 前身は昭和4年に発売された「レオン洗顔クリーム」。固定石鹸で洗顔していた時代だから、日本初のクリーム状洗顔料。お馴染みの「ロゼット洗顔パスタ」になったのは同26年。その3年後、東品川に「ロゼット本舗 株式会社 詩留美屋」が設立される。「詩留美屋」はシルビヤか・・・「夜露死苦」みたいなものなんだろうな。

 ちなみにロゼットは「バラの花飾り」、パスタは「ペースト状のもの」の意。それを並べて「ロゼット洗顔パスタ」。語呂がいいから覚えやすい。実際に使ったかどうかは別にして、今どきの中高年以上のオバさんオジさん、はたまたバアさんジイさんにまで名が通っているのは、語呂の良さが決め手だったのだろう。

 白子さん黒子さんが登場するのは、この4〜5年後。『平凡』『明星』など、さまざまな雑誌媒体に広告が載ったから、当時は子供でも知っていた。

 現在の製品「ロゼット洗顔パスタ普通肌」は491円(税込)、「ロゼット洗顔パスタさっぱりタイプ」は453円(税込)。お手頃価格になっているところがうれしい。

画像:朝日新聞夕/昭和30年2月17日

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2015年11月05日

昭和乙ニュース(57)マージャン 昭和38年

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 昭和38年9月12日の朝日新聞夕刊に掲載された『今日の話題』。タイトルが『マージャン』だから、お気楽コラムだと思ったのだが大違いだった。

 コトが起こったのは兵庫県西宮市。夏休みが明けた9月3日の夕方、小学5年生と1年生の兄弟が「池で魚取りをしているとき弟が足をすべらせ、これを助けようとした兄もろとも死んだ」。

 こりゃ大変とばかり、近くに住む人が「オートバイで学校に知らせ」に走る。自宅にいた校長は「当直教員から急報を受け」、すぐに「全職員の登校を指示」。

 当直教員は「宿直室でマージャンをしていた六年生担任の二人の先生と事務職員、用務員に呼出しの処置」をたのんだあと、「現場に急行」・・・と、そこまではいいのだが、現場の処理が終わったあとで記者が学校をたずねると、なんと4人はマージャンを続けていたのだ。

 なぜ現場に行かなかったのかという問いに対し「ステテコ姿ではあったし、出かけるには服を着ねばならぬ」から、というのが4人の答。

 さすがに記者は、自校の児童が「二人も水死したというのに、平気でチー、ポンをやっていた心理は、何ともあきれたこと」で、「こういう先生がいては、道徳教育も先の遠い話」と嘆く。

 どうやら同市では、校内マージャンが父母たちの間で話題になっていて、「あんなトバク性のある遊び」を「校内でやられるのは困る」という声が聞かれていたらしい。そこで教育委員会は「夏休み直前の校長会で校内マージャンの禁止を申合わせた」ばかりだったのだ。

 でもね、コラムの結論が情けない。「マージャンの最大の難点は切上げがむずかしいということである」から、「遊びごとはすべてほどほどということが大切」・・・だって。論点はそこじゃないだろ!

 というわけで、こういう記者がいては道徳教育も先の遠い話・・・と締めくくっておこう。

画像:朝日新聞夕/昭和38年9月12日

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2015年11月07日

昭和乙ニュース(58)深夜営業 昭和31年

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 昭和31年8月7日、「喫茶店などの深夜営業を取締まる東京都条例」が施行された。深夜営業をするには、都衛生局に届け出なければならなくなったのだ。

 いままで野放し状態だった深夜営業に一定のワクがはめられるのだから、業者は面白くない。そこで警視庁の保安課は、どのくらい順守されているか調べることにした。調査対象は「新宿池袋、銀座など都内の盛り場二十五地区」。

 その結果、「届出はわずかに四分の一」だったことが判明。残りの四分の三は、東京都条例など<くそくらえ>というわけだ。

 たとえば、喫茶店やバー。店内照明は「新聞の小活字が読めるぐらいの十ルックス」と定められているのだが、施行前と同様の暗いままのところが多く、「九割」が「三ルックス前後、よくて七、八ルックスだった」らしい。

 同様に、構造や設備も悪質化が目立っていて、「衝立を設けて部屋風に仕切」っている喫茶店が「二割」、バーで「一割」。中でもひどいのが「お好み焼き屋」。なんと「半数が小部屋の状態」だったそうだ。

 現状では「四、五月ごろの一店平均二十人に比べてグッと落ち」てしまい、「一店平均五、六前後」。しかも「午後二時を過ぎれば愚連隊風の者に限られる」からトホホ状態。それが東京都条例を順守した店なのか、それとも無視している店なのかは文面からは不明。一番肝心なことだと思うのだが。

画像:朝日新聞夕/昭和31年9月14日

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2015年11月09日

昭和乙ニュース(59)拾得物公告 昭和38年

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 遺失物法では、拾得物は届けを受けた警察署が掲示板に張り出すなどの「公告」をしなければならないことになっている。というわけで、ご丁寧に拾得物公告を新聞に掲載したのが警視庁。

 平成18年の法改正で遺失物の公告期間は3か月になったが、昭和38年当時は6か月だった。だから「五月上旬」から「九月中旬」まで記載されている。

 驚いてしまうのは拾得金額。最高額は「七月中旬 四拾五万円 名入封筒 国鉄駅内」。45万円もの現金が入った「名入封筒」が「七月中旬」に「国鉄駅内」で拾われたのだ。当時、大卒初任給は1万8930円。国鉄初乗り10円、新聞購読料390円、映画封切館350円。今どきの価値にすれば450万円は下らない。

 不思議なのは、新聞に掲載されたのが10月20日だから、落とし主は3か月あまりも警察に届けていないことである。「名入封筒」の「名」はどのような名前だったのか。表に出てはマズい金だったのか・・・所詮、人の金とはいえ、結構、気にかかる。

 現在の遺失物拾得の扱いは<公告をした後3か月以内に所有者が判明しないときは、発見者が所有権を取得する>だが、法改正前の当時は6か月。だから翌年の4月には発見者のモノになってしまうのだが、この公告の結果、「わての金だす」と言って現れた人がいたのかいなかったのかは不明だ。

 ちなみに警視庁遺失物係(文京区小石川町一ノ一)は、現在、警視庁遺失物センター(文京区後楽1-9-11)となっている。

 また、公告の方法も新聞公告ではなくネット公告。落とした人は、警視庁の<都道府県警察における遺失物の公表ページ>で確認することが可能だ。

https://www.npa.go.jp/consultation/chiiki2/ishitsubutsulink.htm

 貴重な物件に該当する場合は、「拾得の場所を管轄する都道府県警察」でも公表されるそうだ。

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▲「都道府県警察における遺失物の公表ページ」のトップページ。

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▲平成27年9月1日〜10月31日までの<鉄道>を検索してみた。<裸現金>が多く、特徴が<千円未満>か<千円以上>に分類されているから、不謹慎ながら、面白味に欠けるかも

画像:朝日新聞/昭和38年10月20日

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