2016年02月01日

昭和乙ニュース(95)“マヨネーズ戦争” 昭和43年

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 昭和43年当時、日本のマヨネーズは「九社で生産」されていた。そのうちキューピーが「八〇%以上を占め、ほぼ独占」していたというから老舗の強み。

 そこに十社目が切り込んできた。「食品業界で大きな力を持つ味の素」だ。それに対しマヨネーズ業界は、「味の素ではなく外資の攻勢ではないか」と危機感をつのらせているという。

 なぜなら生産を担当するのが「米国の有力な食品メーカーであるコーンプロダクツ社」と「味の素が合弁で設立しているクノール食品」だから。つまり、味の素は「商標と国内の販売ルートを貸すだけ」なんじゃないの・・・というわけ。

 これには伏線がある。前年7月の「資本自由化」以降、「トマトケチャップの販売をめぐって外資系と日本のメーカーがはげしい争いをした」。“トマト戦争”だ。

 そのときは、公正取委員会が「売込みのために過大な景品をつけてはいけない」という軟弱な裁定でケリをつけたのだが、今回の“マヨネーズ戦争”はどうなるか。「外資の進出は経済繁栄のために欠かせまい」とは思ってはいるものの、「米国資本の恐るべき威力」は要注意というわけだ。

 食糧庁の推計では、昨年(昭和42年)一年間に消費されたマヨネーズは「六万八千トン」。国民一人当たり「百グラム入りチューブを六本も食べた」ことになるが、それでも「米国の五分の一にしかならない」。でも前年より「二〇%」も増えていて、これからも需要増が望める・・・というわけで「味の素」が手を上げたのである。

 ちなみに平成22年のマヨネーズの年間消費量は約20万トン(全国マヨネーズ・ドレッシング類協会調べ)。1人当あたりに換算すると約1.6キログラムになるから、100g入りチューブなら16本にもなる。

 気になるシェアの割り合いだが、キューピー70%、味の素30%らしい。適度な酸味のキューピーは卵黄だけを使用、若干甘目の味の素は全卵を使用・・・好みの違いが割り合いに反映されているのかね。

画像:朝日新聞/昭和43年2月15日
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2016年02月03日

昭和乙ニュース(96)エキスパンダー方式 昭和37年

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 昭和34年、皇太子御成婚をきっかけに家庭にテレビが普及したが、以降は需要伸びず、家電各社は「どうすんべ」となった。

 そんなとき脚光を浴びたのがステレオ。従来の電蓄型ではなく、家具調キャビネットに一切合財を詰め込んだアンサンブル型だ。ポータブル電蓄や卓上電蓄とくらべ、ビッグな家具調ステレオならゼニになる・・・というわけで、家電各社は一斉に新製品を発表することになる。

 広告の「ナショナル スーパーフォニックステレオ HE-1800」は、アンサンブル型ステレオの機能競争が激化したころのモノ。いくら「いい音でっせ」と宣伝しても、紙面では伝わらない。となると、アレコレと独自の機能を謳わねばならないから、過剰ともいえる機能を搭載するようになった。

 でも、今どきから眺めると「世界で初めての 音の新技術!」で「迫力は2倍以上! イキイキと躍動した音」というのは謳い過ぎ。スピーカーの位置が固定されているアンサンブル型ステレオでは、ステレオ感が犠牲になるから、本来なら必要のない「エキスパンダー方式」や「リバーブ(エコー)装置」などで不足分を補っているだけの話だ。

 なお「ラジオのステレオ放送、短波放送もOK」とあるのは、AMモノラル放送を2波使ったステレオ放送(昭和26〜40年)を聴くため、AMラジオが2台搭載されているの意。ちなみにFMステレオ放送が始まるのは翌38年から。

「正価46,800円」「月賦定価 49,200円」・・・当時の大卒初任給は1万7000円前後だったから、3倍弱。今どきに直せば50万円、いやそれ以上もした大型電化商品だったのだ。

画像:朝日新聞/昭和37年4月15日
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2016年02月05日

昭和乙ニュース(97)來月から闇市御法度 昭和21年

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 終戦から約1年を経た昭和21年7月28日付の朝日新聞。内務省が「闇市粛正」を名目に、「八月一日を期し全國一齊に取締りを開始」することを全国に通達したという記事。

 取り締まりの対象は「主要食糧とその加工製品のパン、うどん、丼物など、絹製品を始めいつさいの繊維製品、マツチ、塩、味噌、醤油、タバコ、砂糖のほか各地方長官が指定する物資を販売するもの」。

 名前ばかりの配給制度では生命の維持すらままならなくなってきたころだから、背に腹は代えられぬ。たとえ公定価格を守らない闇市であっても、究極の窮乏生活で疲弊した人々には唯一の救済場所だったのだが、国として無法は許されない。「闇市は御法度」というわけだ。

 それにしても意気込みがすごい。「闇市から姿を消した品物が文字通り闇から闇へと動くのを防ぐ」ことを念頭に「取締りと並行してブローカー檢擧を厳密に実施」し、「品物の流れる源の発見、摘発」にも努めるらしい。

 さらに「対象にならぬ物質についても限界價格、統制價格をはつきり表示させ、これを怠り、あるひは無視する者は嚴重に處罰する」という。

 内務省防犯課長の話によると、取り締まりの対象は「露店」だけだが、今後は「一般店舗」もやる。一時的に不便な生活にはなると思うが、「あまりにも無法なものから脱皮させ、適正明朗なもの」にするのが狙いだから「積極的な支援」をしてほしい。厳密にやれば「窃盗、強盗などの犯罪」も少なくなると言う。

 また、「見返物資(※)としてたいせつな生糸、絹製品」は申告制になったが、故意に申告しない業者いて、それらが溜め込んだ「無籍物」をめぐる「業者の不正行為、ブローカーの横行」が目にあまる。

 当然、それらも「全國一齊に取締りを実施」したい。もし申告漏れがあれば再申告する必要がある。そうでないと「“占領勅令違反”(※)として厳重な處罰をうける」ことになると脅かしている。

※見返物資
 アメリカの食糧放出に対する見返りとして輸出が許可されたモノのこと。いわゆる「OCCUPIED  JAPAN」。

※占領勅令違反
「占領目的阻害行為処罰令」のことだと思われる。「聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令」だ。
 この記事が出る2週間前の昭和21年7月15日に施行されたピッカピカの勅令。罰則は「十年以下の懲役若しくは七万五千円以下の罰金又は拘留若しくは科料」という厳しさだ。

画像:朝日新聞/昭和21年7月28日

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2016年02月07日

昭和乙ニュース(98)戸惑う畳屋・大工さん 昭和41年

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 メートル法が実施されたのは昭和34年。以降、「背広、ワンピース、クツ下、綿打直しから肉、魚、野菜、ミソ、しょうゆにいたるまで、衣、食のほうは、ほとんどメートル化」されたのだが、土地と建物の計量だけは尺貫法がまかり通っていた。

 本来なら違反者は50万円以下の罰金に処せられるのに、「住」に関する計量だけはおとがめなし状態。それじゃイカンと奮い立った通産省は、尺貫法を用いないように<土地又は建物に関する計量単位の統一に伴う関係法令の整備に関する法律>を施行する。昭和41年4月1日のことだ。

 それで困っちゃったのが「畳屋・大工さん」たち。少々長いが、発言を丸ごと掲載してみよう。

@畳屋の言い分
「畳だけは、地球の終わりがきても尺貫法じゃないとできません。大人一人がちょうど寝られるあの大きさは、日本人の生活が自然に決めたものですよ」(日本橋の畳屋)。

「中学出の若い職人さんもたくさんいるが、この道に今日はいると明日は尺貫法で考えるようになりますよ。大体、お役人は尺貫法が面倒なものと決めこんでるようですが、畳を敷くとき、二本の柱の内側の長さを五尺八寸というのと一七五センチ七ミリというのとどっちが簡単か、考える必要もないでしょう」(湯島の畳屋)。

 それに対し通産省の見方は「古い職人はともかくとして、実務教育でメートル法の訓練を受けた若い人が畳職人になっていくのだから、いずれは畳もメートルで敷かれるようになる」。

 ・・・さすがに記者も畳屋に援護射撃。「公営住宅は、すでにメートル単位の部屋割りで立てているが、畳が合わないのでちょん切って使ったり、部屋の一部を板張りにしたりしている。とにかく、昔から尺、寸だけで作られ、敷かれてきた畳だ・・・簡単に変わるものかどうか」。

A不動産業者の言い分
「不動産は文字通り不動の財産だ。売買するのは初めての人が多い。これをリードするだけでも大変なのに、平方メートルなんていったらなにもわからなくなってしまう。だいたい不動産を売買するのはメートル法を習ってる中学生や高校生じゃなく、坪でしか考えられない明治、大正生まれなんだ」(不動産屋)。

「新聞広告に“平方米”なんてやったら、お年寄りは、新しい米(こめ)の種類とでも思うんじゃないか・・・」(不動産屋)。

B法務省登記係の言い分
「あまり大きな声ではいえないが、実際弱りました」。

「<坪>で記載されてきた全国の登記簿、土地、家屋台帳は、二億数千万筆にのぼる。アルバイトをやとってこれを全部メートルに書きかえると日当だけで約二十億円。四、五年はかかる」。

C大工さんの言い分
「だれがなんたって尺、寸じゃないと家は建たないよ」(深川の大工)。

 記者が大工さんの道具箱をのぞいたら「曲尺、六つ折れ(折りたたみ式の尺寸計)しかなかった)そうだ。

 曲尺(かねじゃく)1尺=30.3cm。和裁で使う鯨尺(くじらじゃく)1尺=37.88cm。重さの単位は、1匁(もんめ)=3.75g、1貫=3.75kg。

 結局、曲尺と鯨尺は禁制品となり、闇で買うしか手に入れることが出来なくなった。そんな状況に怒り狂ったのがタレント永六輔。尺貫法復権を訴えるキャンペーンを行ない、イベント会場で曲尺や鯨尺を販売するなどした。最近はおとなしくなってしまったけど。

 ちなみに、現在は「非法定計量単位が書かれた計量器」の販売は禁止されている。たとえ法定計量単位が併記されていてもダメ。たとえば「摂氏に加え、華氏の目盛りが併記された温度計」「センチに加え、インチの目盛りが併記されたモノさし」など。

 しかし、<国の伝統や文化の中で著しく不便を生じさせている場合は、その度合いを最小限に留めるように制度の柔軟な運用>が行なわれている。昭和52年、計量行政審議会での議論が行なわれ、「尺相当目盛り付長さ計」は合法であると判断された。尺相当の長さの目盛りが付いてはいるが、値はメートルのモノさしだ。

 今どきの中高年、頭の中はほとんどメートル法の世界なのだが、「坪」だけは別格。さらに部屋の大きさも「平米」ではなく「畳」のほうが理解しやすい。・・・死ぬまで治らないだろうな。

画像:朝日新聞/昭和41年3月29日
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2016年02月09日

昭和乙ニュース(99)旅のサイフは軽いのにかぎる 昭和36年

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「旅のサイフは軽いのにかぎる」かどうか、重いサイフを持ったことがないからわからぬ。「これで、たりるかしら」という心配も、足りるモノしか買わないから案ずるにはおよばない。ただし「なくしはしないか」という不安は、常につきまとう。

 そこで三菱銀行のチケットの出番。これさえ持っていれば「お出先で、現金がご入用のときは、全国一五七ヵ店、どこの三菱でもすぐあなたの普通預金」がおろせるし、「全国のデパート有名店でお買物」が出来るらしい。

 でも利用条件がある。「三菱クレジット・サービス、三菱の一ヵ年定期預金<五万円以上>と普通預金<いくらでも結構です>」に加入していないとダメ。大卒初任給が1万5000円前後の時代だから、定期預金の5万円以上は今どきの55〜65万円か。

 銀行業務にコンピュータが登場するのは、昭和40年に始まった三井銀行の預金オンライン・システムが最初。それより4年も前の話だから、現在のキャッシュカードとは大きく異なっていたと思われる。

 現物を確認することが出来ないので形状など、まったく不明だのだが、おそらく通帳番号が記載されている紙きれ(チケット)だったのではないか。窓口で<チケット>と<引き出したい金額を書いた用紙>を出すと、テラーが預金番号を確認して出納係との間で手作業処理・・・といった感じだったのだろうな。だったら通帳そのものでもよさそうな気もするが・・。・

 また、「全国のデパート有名店」でのお買物の場合、どういう仕組みで決済していたのだろう。その際、本人確認はどうするのか。銀行とはオンラインでつながっていないから、事後、お店側は銀行に代金請求することになるのか。預金に残高がなかった場合、自動的にクレジット扱いになるのか。・・・皆目、見当もつかぬ。

画像:朝日新聞/昭和36年9月17日

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