2016年10月01日

昭和乙ニュース(211)プリンスグロリアのサイドミラー 昭和42年

211_42-11-12_朝日_謹告 旧型プリンスグロリア.jpg

「昭和三十七年九月から、四十一年八月まで製造」された「旧型プリンスグロリア」は、日産自動車に吸収合併(昭和41年8月)される前のプリンス自動車工業がつくっていた車。だから「旧型」。

 皇太子明仁親王が立太子礼を行なった年(昭和27年)に設立したからプリンス自動車工業。昭和34年に誕生した初代グロリアは、同年4月10日の皇太子御成婚を記念して「グロリア(栄光)」。≪謹告≫に挙げられた「旧型プリンスグロリア」は2代目グロリアに当たる。

 2代目は、丸味を帯びたボディの初代とは異なり、直線的で流れるようなスタイリングと近未来的なフロントグリルが革新的。『少年マガジン』の巻頭グラビアを飾ったから、覚えている方も多いと思う。

 その2代目に取り付けられている「サイドミラーを、より安全なものに無償でおとりかえ」という≪謹告≫なのだが、欠陥があったわけではない。サイドミラーが殺人ミラーだったからだ。

 当時の『自動車検査業務等実施要領について(依命通達)』によると、「自動車の前側方にとりつけられた後写鏡(サイドミラー)の取付金具の突起部により通行人が刺殺されるという事故が発生した」。

 だから「鋭い突起を有する」装置などは「自動車に備え付けないよう、貴局管内関係者に対し厳に注意されたい」とある。

 そこでとられた処置が「無償のおとりかえ」だったのだ。

211-02_プリンスグロリア スーパー6_04.jpg 
▲プリンス グロリア スーパー6(水冷直列6気筒SOHC2000cc、4速コラムシフトで最高速155km。販売価格119万円)。サイドミラーの形状が問題になった。

▲プリンス グロリア スーパー6のテレビCM(1964年)。

画像:朝日新聞/昭和42年11月12日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2016年10月03日

昭和乙ニュース(212)商戦の新武器・超短波 昭和31年

212_31-05-18_朝日_商戦の新武器・超短波.jpg

 普及し始めた「超短波無線自動車」のお話。要するにタクシー無線車のこと。

 記事によると、ハイヤーやタクシーに無線装置を採用すれば鬼に金棒。「いつも見えない電波の糸で操車係と結ばれている」状態になるから「自動車強盗もウカツに手が出せない」し、さらに「アガリを営業所に持返らなくてもいいから配車能率もグンと違う」と言う。

 当時、超短波無線装置を開発したメーカーによると、タクシー会社に採用される条件は「小型軽量であること」「消費電力が少ないこと」「動作が安定していること」「価格が安価なこと」の4つ。・・・いずれの条件を満たすにも真空管ではムリなことがわかり、定電圧・低消費電力が期待できるプリント基板実装のトランジスタが採用された。

 その結果、「価格が安価なこと」は実現できなかった。設備費は「本社に設ける出力五十ワットぐらいの基地局で百万円」、さらに「自動車に乗せる五ワットから十ワットの移動局が一局三十万円」もしたのだ。大卒銀行員初任給が約1万円の時代だから、今どきの値段に直せば基地局で2000万円、移動局で600万円以上にもなる。

 おかげで無線装置を採用したハイヤー、タクシーは「東京に二十台、札幌二十台」。「大阪、神戸、福岡、仙台などにもふえている」ものの、「利用効率は中都市以上に限られている」らしい。大半は「”神風タクシー”でぶっ飛ばしているのが実情」なんだと。

 212-02_タクシー無線_02.jpg
▲タクシー無線通話状況(『日立評論』昭和34年7月より)

画像:朝日新聞/昭和31年5月18日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2016年10月05日

昭和乙ニュース(213)チンパンジーの脱走 昭和42年

213_42-12-04_朝日_チンパンジー.jpg

「アパートの二階の廊下で、クサリを引きずって歩く音や水道のじゃ口をひねる音」がするので、不審に思った住人が部屋を出てみると、「幼児ぐらいの大きさのチンパンジーが便所のドアにぶら下がっていた」。

 さて、それからが大変。「部屋のカギをしめたり、パトカーを呼んだり、アパートは大騒ぎ」となったのだが、結局、「近くの建材店の庭」で捕獲されて一件落着。あとを追った飼い主が捕まえたのだ。

 脱走犯のチンパンジーは「四歳のメス」。南米生まれのため「寒さに向うとソワソワ」し出すらしい。前月も脱走して「渋谷署の厄介」になったから前科者。

 毎度のお騒がせ犯なのに、飼い主はいたって楽天的。「来年はサル年なので、出番が待遠しいのかも・・・」だって。

画像:朝日新聞/昭和42年12月4日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2016年10月07日

昭和乙ニュース(214)酔って警官大暴れ 昭和27年

214_27-08-04_朝日_酔って警官大暴れ.jpg

 7月30日夜10時ごろ、「中央区銀座西八ノ七 キャバレー・グランドパレス」(現在の銀座8丁目5、並木通り沿い)で乱闘騒ぎ。私服の蔵前署巡査(27)とその友人 vs 客4人組だ。

 きっかけは「ささいなこと」だが「口論」に発展。警官が「にわかにコップをたたきつけて暴れだし」たという。さらに、黄門さまでもあるまいし、警察手帳を見せびらかし「オレは警官だ」とやってしまったからたまらない。

 あわてたボーイ、警官を「表に出そうとした」ものの「なぐりつけ」られたものだから、「袋だたき」で逆襲。その結果、警官は「顔に一週間の傷」なんだと。もちろん、同夜の営業はできなくなったらしい。

 警官の上司である蔵前署長の話が面白い。今どきなら平身低頭、記者会見で部下の不徳を謝罪するところだが、「相手は不良」であり店の仲裁も「一方的」だったと聞いているから、さらなる事情調査の要あり・・・なんだって。

 214-02_昭和27年銀座地図_キャバ_800_02.jpg

▲当時のキャバレーはオトナの社交場。「グランドパレス」は、「銀座会館」「アスターハウス」「クラウン」「日動シロー」などと並ぶ一流どころだった。いずれも、軽く飲むだけだったら1人2000円ほど。大卒事務職の月給が9000円弱だったから、今どきの価値に直せば4万円ほどか。左側に流れていた川は埋め立てられ、銀座9丁目となった。

画像:朝日新聞/昭和27年8月4日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2016年10月09日

昭和乙ニュース(215)漂流12時間、少女救わる 昭和32年

215_32-07-27_朝日_漂流12時間、少女救わる.jpg

 昭和32年7月25日から28日にかけ、九州南部(長崎、熊本、佐賀県)は記録的な豪雨となった。中でも長崎県諫早市の被害は甚大。本明川上流で大規模な土石流が発生し、大量の土砂と流木が市内を襲い、諫早市だけで500名を超える死者が出た・・・諫早豪雨という。

 記事は、豪雨のさなか、奇跡的な生還を果たした少女(15歳)の救出までに至る衝撃の事実を伝えるもの。なぜ「諫早から佐賀県まで海上を20キロ」も漂流しなければならなかったのか、時系列にそって整理すると次のようになる。

 少女の自宅は本明川が流れる諫早市永昌東町にあった。25日午後9時半ごろ、土石流が発生し、「窓ガラスを破って泥水が流れこんできた」。あわてた少女は「隣りの二階に逃げた」ものの、すぐに水に流されてしまう。

 周囲は「一面真ッ暗」。弟の「兄さん、兄さん」と呼ぶ声がかすかに聞こえるだけ。

 気がつくと「電柱のような丸太」にしがみついていて、「海に出ている」のだとわかった。そのとき、「父も母も弟も死んだろう。私はどうやっても生きてやるぞ」という気持ちで「胸がつまった」。

 ひとりぼっちがさびしくなり、中学校の「校歌」を歌った。歌うと「どうにでもなれという気」になり、不思議と恐ろしさがなくなった。

 とはいえ、気温が下がり、寒くなったので「温い水の中に手と足を入れ材木にハラばい」になった。徐々に眠気が襲ってきたから、「髪を引っばったり、ほっぺたをたたいたり」した。気をまぎらわすため「修学旅行の楽しい思い出」を思い返してみたが、「父や母の顔が浮び」、だめだった。

 周囲が明るくなってきたころ、雨は小降りになってきたが「あたりに船はなし」。ところが、「もうだめか」と思い始めたころ、「遠くの方に船が見えだんだん近づいてきた」。思い切り叫んだら、「船頭さんが手を振って近づいてくるのが見えた」。

 少女が佐賀県藤津郡太良町大浦野崎の漁師に救出されたのは、土石流発生から12時間あまり経た26日午前9時ごろだった。

 ・・・記事には両親、兄、弟の安否について書かれていないが、どうなったのだろう。笑顔の写真が掲載されているから、おそらく全員無事だったと思われる。

画像:朝日新聞/昭和32年7月27日


posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース