2016年12月01日

昭和乙ニュース(240)便利すぎるダイヤル 昭和36年

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「通話量が多いので片道電話(※)を増設したら」との電話局のアドバイスに従い、「仕事部屋の外に黒い電話」を3台引いたのはファッション・デザイナーの森英恵。

 ※「片道電話」とは着信専用電話のこと。向こうからはかかってくるが、こちらからはかけられない電話回線。現在でも回線契約を結ぶことが可能で、事務用契約の単独電話との併用が前提。

 ところが、電話のベルが鳴るたびに「それらしい一つをもち上げ」るのだが、それでもリンリンと鳴り続くことがしょっちゅう。どの電話にかかってきたのかわからないのだ。

 しかも電話でお話し中、ほかの電話が鳴ると「他の電話で話し中ですからしばらくお待ちを」とお断りを入れることにしているが、そうなると「二本が話し中になるのでふやしたかいがない」。

 最悪なのは「三本がひっきりなしのラッシュ・アワー」になったとき。受話器に向かう「声は次第に大きく高くなる」から大変。「複雑な仕事」をしているときなど、「ドアをあらあらしく外にひらいてもっと静かに話せないものかしらー、と目を三角にすることもある」。

 おかげで「だんだん気短」になってきたらしく、「あなたは早口だ」とよく言われるようになってしまった。おそらく「便利すぎる電話のせい」なのじゃないかなと思う。

 ニューヨーク・コレクションに初参加する4年前、35歳当時のコラムである。

画像:朝日新聞/昭和36年7月14日

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2016年12月07日

昭和乙ニュース(241)強盗を見物 昭和23年

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 けったいな記事である。川崎で起こった強盗事件を扱っているのだが、強盗の現場を見物しにいった男女二人の話がメインになっているから面白い。

 川崎署で取り調べられたのは「港区のエレベーターガール(二〇)」と「上野駅の浮浪者(一五)」の二人。強盗犯から、これから「川崎へ強盗に行く」という話を聞き、「面白いから見に行こうと現場へいつしよに來た」という。

 犯行現場は川崎市大宮町。民家に「五人組」が押し入り、「一千円と衣類廿数点」を盗んだ。見物の二人は、事前に「共犯になるから近くへよるな」と言われていたので「四、五間離れてみていた」のだが、突然、「キャッという女の叫び声」がして怖くなり、あわてて逃げ出したらしい。

 当の犯人たちも逃走したものの、「間もなく蒲田署管内六郷橋交番で不審尋問にひつかゝつた」というから、あえなく御用というわけ。犯人は「上野駅地下道に巣食う寺田某(二四)ほか四名」だった。

 はたして強盗見物は罪になったのだろうか。不明である。ついで見物の二人の関係も不明である。
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▲犯行現場の大宮町は川崎駅の西口近く。不審尋問をした蒲田署六郷橋交番だが、現在はない。国土地理院 地理院地図1/25000「川崎」。

画像:朝日新聞/昭和23年6月21日

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2016年12月25日

昭和乙ニュース(242)クロロマイセチン 昭和27年

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 昭和26年、抗生物質製剤クロラムフェニコールの国産化に成功したのが三共株式会社。すでに実用化されているペニシリン、ストレプトマイシンに次ぐ抗生物質だ。商品名は「クロロマイセンチン」・・・要するにクロマイ。

 広告には誇らしげに「國産化成る!」という文字が踊っているが、「米國パーク・デービス社の特許を使用 同社の技術指導による國産の錠剤完成」とあるから、純国産技術ではなさそう。

 もっとも、舶来品は優れモノの証という時代だから、「舶来品と同品質の国産品」といった舶来品にすり寄る必要があったのは仕方がない。

 さてクロマイ。今どきの中高年が子どもだったころ、家庭の常備薬だった。腹痛や下痢には効果てきめん。征露丸よりも飲みやすかったのだが、後に重大な副作用が疑われ、「赤痢−疫痢-腸チフス−百日咳−淋疾に著効!」のクロマイは市販品ではなくなった。

画像:朝日新聞/昭和27年5月9日

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2016年12月27日

昭和乙ニュース(243)読者カメラ問答 太陽族 昭和31年

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 朝日新聞夕刊連載の『読者カメラ問答』に掲載されたのは、杉並区の会社員(36歳)が「東京都国電某駅前」で撮った写真。

 写り込んでいる3人の若者は何者か・・・応募規定では取材の要ありなのだが、撮影者によると「話しかけるより逃げる方が先だった」。怖かったらしい。

「新宿で活躍している刑事」による鑑定では「ガン(眼)をとばしてるとこだな、こりゃあ。あのスケ(女)どうだい、なんて目付きだ」、さらに「服装といい、からだの線からくる感じといい、注意した方がいいですよ」だと。

 今どきの感覚では、きわめてフツーの青年が駅前でたむろってるようにしか見えないが、記者は「とかく世間というもの、包装で中身を決定する」から注意せよと喚起・・・笑ってしまった。

画像:朝日新聞夕/昭和31年7月27日

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2016年12月29日

昭和乙ニュース(244)屋上から飛降寸前 昭和26年

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「上野松坂屋デパート八階屋上」に不審な男。国電御徒町駅側の道路に半身を乗り出し「飛降りるゾ。下にいるモノドモどけ。どけ」と大声で怒鳴り出したからたまらない。たちまち広小路は「黒山のヤジ馬」で埋まった。

 飛び降り先の下にいる人たちを気遣うくらいだから、この男、それほど切羽詰まってはいない。本気で死ぬ気なら、四の五の言わずに実行しているはずだ。

 とはいえ万が一ということもある。駆け付けた「下谷消防署員」は「救助用アミ」を用意。その上で「上野署員四名」が説得、ついに「屋上金アミにつかまって半時間がかりで引っぱり上げた」。

 お騒がせ男は「北海道岩見沢市の鉱夫(二七)」。職を捨てて上京したのは6日前。この日、「朝から上野地下道でショウチュウ四杯をあおってトラ」。職にありつけなかったらしく「財布はカラッポ」。「世の中がムシャクシャするので死んでやるんだ」と騒いでいたらしい。

 生きていれば今年92歳。男のその後が気になる。

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▲昭和4年、「上野松坂屋」本館新築落成。最寄り駅は省線「御徒町駅」、当時としては珍しく地下鉄銀座線「上野広小路駅」と直結していた。同社のHPより。

画像:朝日新聞/昭和26年7月5日

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