2017年03月01日

昭和乙ニュース(265)フロ代の実態 昭和32年

265_32-10-15_朝日夕_フロ代の実態.jpg

 昭和32年当時の「フロ代」は大人15円、中人12円、小人6円、婦人洗髪料10円。今どきと同様、公衆浴場入浴料金は統制されていて、厚生省が告示指定(昭和28年2月)したときのままの据え置きだった。

 ちなみに価格が据え置かれていたものは、国鉄初乗り運賃(10円)、たばこゴールデンバット(30円)、はがき(5円)など。

 反対に値上がりしたものは新聞購読料/月(280円 ⇒ 330円)、ビール(107円 ⇒ 113円)、都電(10円 ⇒ 13円)、水道料金基本料金(85円 ⇒ 120円)、民間の間代1か月1畳当たり(149円 ⇒ 597円)など。年間平均給与も19万7000円から24万9000円にアップした。

「フロ代」据え置きは浴場利用者にとってはありがたいことなのだが、人件費や燃料代などの諸経費を工面しなければならない公衆浴場の経営者にとって、物価上昇分を経営努力だけで解決することはムリ。だから値上げしたいのだが、統制価格だから厚生省が「ウン」と言わない限り、値上げ不可。

 そこで、この記事。厚生省が「浴場経営の実態調査」を行なうことになったことを歓迎。「浴場も私企業・・・コスト値上りのために・・・経営が成り立たないということがはっきりすれば、最小限度の値上げはやむをえまい」と、とりあえずフロ屋の肩を持つ。

 ところが「コストが少々上っても、利用者がふえれば・・・それほど苦しくならないはず・・・その辺の実情を・・・しっかり調べる必要がある」と、利用者側の肩も。

「どっちやねん」と思ってると、「地域によっては」と前置きしつつ、「浴場の数」が増えれば「一軒当りの利用者が減り」、その結果、浴場の経営が苦しくなるのは道理。この場合、「浴場の開設それ自体に問題」があり、それを「利用者の負担で解決」するのは筋が通らない・・・と、利用者の味方。

 さらに「大都会の浴場」と前置きしつつ、浴場が「年々立派な建物になって行く傾向」に注視。「清潔で明るい」浴場はうれしいが、「償却が大変」だからフロ代値上げでは筋が通らない・・・と、これまた利用者の味方。

 というわけで、実態調査は「公正かつ徹底的」でなければならず、そのためには「利用者側の代表を加える」ことや「調査結果の審議には識者をわずらわす」必要があると進言。要するに、利用者あってこそのフロ屋であることを忘れんなよ・・・というわけ。

 最後に「都長官や府県知事はこまかい配慮をしてほしい」とダメ押し。結局、記事が出た翌月、大人料金だけが15円から16円に値上がりしただけで一件落着。「大衆のささやかな喜び」は損なわれなかったのである。

画像:朝日新聞夕/昭和32年10月15日


posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年03月03日

昭和乙ニュース(266)かとりならライオン 昭和37年

266_37-06-04_朝日_ライオン蚊取り線香.jpg

 社名が「ライオンかとり株式会社」に改称されたころの新聞広告。現在は「ライオンケミカル株式会社」。

「発明賞に輝く」とあるのは、同社が発明した蚊取線香自動製造機(昭和18年)のこと。本格的に稼働を始めた昭和30年に発明協会から表彰された。

 さらに昭和35年に紫綬褒章を受章・・・と、ここまでは順風満帆だったのだが、翌36年、当時の経営陣が「事業の発展」を願って特許を公開してしまったから、さあ大変。おかげで技術が国外に流出。稼ぎ頭だった輸出は頭打ちとなり、経営危機に陥ってしまった。

 この広告が掲載されたのは昭和37年だから、おそらく経営危機から脱却できたのだろう。心機一転、社名も改称されている。

 おもしろいことに、同社が創業したのは和歌山有田市なのだが、「金鳥」でお馴染みの「大日本除虫菊株式会社」も同地で同時期に創業している。さらに創業者はライオン=上山彦松、金鳥=上山英一郎と同じ上山姓。なんだか、キツネにつままれたような話だ。

画像:朝日新聞/昭和37年6月4日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年03月05日

昭和乙ニュース(267)ソーセージ三社に製造停止 昭和43年

267_43-05-17_朝日_三社に製造中止.jpg

「東京都衛生局」が「都内のハム、ソーセージメーカー九十社」を「一斉立ち入り検査」。その結果、「成績不良のメーカー」を処分。3社に対し、「十七日から七日間の製造停止処分」が下された。

「成績不良」の中身は、「法で定められた以上の亜硝酸(発色剤)を多量に使っていた」ことと「大腸菌群が多量に発見された」ことによる。

 亜硝酸は肉の赤味を増すため食品添加物として使われるが、多量に摂取すると発ガンの恐れがあり、注意が必要。おそらく、新鮮さを保持したいために「多量」になったのだろう。

 大腸菌類だが、基準値はグラム当たり100個以下(陰性)だから、「東販食品が三百個、三恵食品が六千個、ケテルスが六万六千個」というのはアウト。

 また、処分は下されなかったものの、材料に「馬やアヒル、ウサギの肉」を使っているのに表示していないメーカーが「五十八件」もあったそうだ。

 この記事が掲載された4日前(昭和43年5月13日)、「消費者保護基本法」(昭和43年法律第78号)が成立。

 第10条で「国は、消費者が商品の購入若しくは使用又は役務の利用に際しその選択等を誤ることがないようにするため、商品及び役務について、品質その他の内容に関する表示制度を整備し、虚偽又は誇大な表示を規制する等必要な施策を講ずるものとする」ことを規定。

「一斉立ち入り検査」が「先月二十四日からこの十四日」まで行なわれたのは、この法律の成立が前提になっていたのだと思われる。

画像:朝日新聞/昭和43年5月17日


posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年03月07日

昭和乙ニュース(268)見よ洋裁に集う女群 昭和23年

268_23-04-1朝日_見よ洋裁に集う女群.jpg

「新宿某洋裁学院」の入学式に「二千五百名」の入学生が集まった。当然ながら「一堂に入れる講堂」はないので「屋外で挙式」。写真は、その入学式の様子だが、それだけではなく「夜間部の生徒二千名近く」がいるらしい。

 入学料(「一人百円」)だけでも「合計四十五万円」。小学校教員の月収2000円の時代だから、今どきの価値に換算すれば4500万円は下らない。

 となれば「オラさも学校やるべ」という輩が出てくるのは当然の帰結。昭和23〜24年にかけ、全国で約2000校もの洋裁学校が開校した。記事にもあるように、まさに「洋裁全盛」。

 戦争が終わって3年目。ヤミ市がマーケット化したにしても、集まる男性は復員服が大半。女性だって古い衣料を作り直した更生服が中心だったから、お洒落するには洋裁が必須だったと思われる。

画像:朝日新聞/昭和23年4月1日


posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年03月09日

昭和乙ニュース(269)ニューヨークに怪飛行機現る 昭和25年

269-01_25-11-07_朝日_ラジオ狂のいたずら.jpg

 ニューヨークのブロンクス区で起きた出来事。11月4日の夜、「市民をふるえあがらせた」のは、突然、「拡声器」から警告が発せられたから。

 その警告とは、「こちらは市民防衛隊のラジオ・カーだが、いま国籍不明の飛行機がニューヨーク市に接近しつゝあり、市民は燈火を消し原子攻撃に備えよ」というもの。

 あわてた市民、「とるものもとりあえず防空穴に飛び込み、自動車は数珠つなぎに道の真中に乗りすてられる」事態となった。

 警察の調べによると「放送の張本人はスタンレー・コードン」。「若いラジオ・アマチュア」だったらしい。結局、「治安判事から一ケ月の懲役を言渡された」という。

「ラジオ狂のいたずら」というわけだが、より明確な動機を知るため、当時のアメリカの新聞を調べてみた。

 1950年(昭和25年)11月5日付の日刊紙『The Courier-Journal』によると、スタンレー・ゴードンが見つかったのは両親が住む4部屋のアパート。彼らは、新聞に載っていた戦争ニュースと原子論記事に触発され、クルマにアンプ(4ワット)とラウドスピーカー(8インチ)を積んで警告放送をすることを思い立ったらしい。

 単なる「いたずら」ではなく、核戦争に対する危機感が増長し、ついに妄想の域にまでいってしまった・・・というのが動機だったようだ。ゴードンは23歳のラジオファン。「R.C.A. Communications」に雇われていたという。

269-02_The Courier-Journal.jpg
▲1950年11月5日付の『The Courier-Journal』 (Louisville, KentuckyIssue)。

画像:朝日新聞/昭和25年11月7日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース