2017年09月05日

昭和乙ニュース(289)二十歳の娘さんが合格 昭和25年

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 昭和25年度の司法試験合格者が「法務府」から発表された。それによると「受驗者約二千九百名」で合格者「二百六十九名」。合格率は9.3%。

 そんな難関を見事にクリアしたのが「秋田縣由利郡本荘町」出身の「斎藤隆子さん(二〇)」。「本荘高女」を卒業後、「明大女子部法律科を経て今春明大法学部一年」。

 つい最近、慶應義塾大学法律学科の2年生(19歳)が司法試験予備試験に合格したが、旧司時代では隆子さんが最年少だ。

「法律勉強はやっと三年だけ」、しかも「なにげなしに受けた」と語る彼女だが、合格後は「司法修習生として、裁判所、検察廳などの実務を見習い、二年後修習生試験を経て判、検事、弁護士」という道順を踏まねばならぬ。

 そのため「裁判官になるか、検事になるかまだきめてません」というわけだが、司法修習生終了(昭和28年)後、弁護士登録(同36年)。以降は、法曹界の重鎮として大活躍。平成20年には瑞宝小綬章を受章している。

 ご主人の山田弘之助(平成2年没)は司法修習生時代の同期。同じ年に瑞宝小綬章を受章した。

 ちなみに昨年12月、千葉大医学生が起こした集団暴行事件に関与し、集団強姦傷害の疑いで逮捕された山田兼輔容疑者(22)は、隆子さんの孫にあたる。

画像:朝日新聞/昭和25年11月28日

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2017年09月07日

昭和乙ニュース(290)四人で連続強盗 昭和38年

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「午後九時四十分ごろ」、帰宅途中の大学生(20)が襲われた。場所は「世田谷区玉川尾山町三○さき」・・・東急大井町線尾山駅近くだと思われる。

 襲ったのは授業中に学校を抜け出した「定時制高校生の四人組」。大学生を取り囲んで顔をなぐり「金を出せ」と脅迫、「現金千二百円と万年筆」を強奪した。

 大卒初任給が2万円に届かず、1世帯当たりの1か月の収入が5万円前後だったから、「現金千二百円」は今どきに換算すれば1万2000円ほど。

 また、同年は日本初の18金ペン(プラチナ万年筆)が発売された年。奪われたのがそうだとすれば2000〜6000円の被害。そうでなくても一般的な万年筆が600〜5000円もしていた時代だから、現金と合わせ被害甚大。

 これだけかと思ったら、「現場から約一キロ離れた世田谷区玉川中町(現:中町)」で、帰宅途中の工員(19)に同様の手口で「現金八十円」を奪って逃走。今どきの800円ほどになる。

 結局、玉川署は現場付近で「三人を逮捕」。「一人は逃げた」のだが、同級生だったから間もなく逮捕。 「遊んでいるうちに金がなくなり強盗を働いた」もので、さらに「五、六件やるつもりだった」らしい。

 では今どきはどうか。

 本年4月、東京銀座すずらん通りの路上で自営業の男性(45)が体当たりされ転倒、四千万円を奪われた。逮捕されたのは千葉県に住む県立高校二年生の少年(16)ら男3人。少年は、校外学習で都内を訪れ、自由時間中に抜け出していたらしい。

 同じく8月、岡山市北区のコンビニエンスストアで現金約112万円が強奪された。犯行に及んだのは高校生4人+無職少年(17)。高校2年生(17)が女性店員(20)をカッターナイフで脅したらしい。残りの4人は見張り役と逃走用のバイク担当。

 ・・・同じ強盗でも、奪った額が桁違い。というより、今どきは少額の強盗事件など、新聞に載らないのだろうな。

画像:朝日新聞夕/昭和38年6月12日

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2017年09月09日

昭和乙ニュース(291)夏の夜店に苗売り 昭和31年

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 昭和31年5月23日の出来事なのだが、「夏の夜店」とあるのは陰暦の立夏(この年は5月5日)を過ぎているから。今どきなら「初夏の夜店」か。

 昭和31年5月東京の平均気温は17.6度。でも「二十三日の東京」の「最高気温は廿三・九度」で「平年より二度近く高く」とあるから、縁日日和だったらしい。ちなみに、本年(平成29年)5月の平均気温は20.0度。

 写真は東京芝老増(おいます)町の縁日風景。今の住居表示なら港区白金で、屋台の「苗売り」をひやかす「買い物カゴをさげた奥さん」などは絶滅している。

画像:朝日新聞/昭和31年5月24日


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2017年09月11日

昭和乙ニュース(292)銀座しょんぼり 昭和41年

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 クリスマス・イヴだというのに、銀座が「しょんぼり」しているという。「酔客が姿を消した」からだ。おかげで「店を閉めた高級バーが全体の四割近い」。

 それなのに「デパートのオモチャ売場やケーキ屋は、パパ族で昼間から大入り満員」。イヴを口実に呑み明かするより、「家庭サービス」のほうが大事・・・つまり「ホームクリスマス全盛時代」というわけ。

 なぜそうなったかは記事から読み取ることが出来ないが、おそらく東京五輪(昭和39年)後に起きた昭和40年不況の影響だと思われる。五輪の年に実質成長率が13.3%だったのに、翌年は急降下して4.4%。10月に底を打った。

 ところが、「歌、ショー、食事付のパーティーを企画した都内のホテル」は「若いカップルで押すな、押すな」の大盛況。「一人六千円なりのコース」が大当たりだったらしい。

 大卒初任給が2万4000円ほどだったから決してお安くはないが、男子にとっては千載一遇のデートチャンス。これは今も昔も変わりなし。

「銀座飲食店組合の幹部」は「来年から家庭向き、若者向きをねらって出直しです」と語ったらしいが、翌年には景気が再び上昇に転じて「いざなぎ景気」の到来。結局、出直す必要はなくなり、イヴの銀座は酔客で溢れかえるようになったとさ。めでたしめでたし。

画像:朝日新聞/昭和41年12月25日


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2017年09月15日

昭和乙ニュース(293)電気時計が霜をとる 昭和38年

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「タイマー式完全急速自動霜取裝置付」だから「午前2時、霜が消える−」。要するに「電気時計が霜をとる」というわけだが、今どきの冷蔵庫なら当たり前の機能。

 でも、当時は「霜」問題が深刻だった。冷蔵室は冷蔵庫内上段にあり、簡単なトビラが付いているだけだったので、冷蔵庫を開けるたびに湿気が入り込み、氷点下になる冷却装置に霜が付着。やがて氷結して冷蔵室のスペースを圧迫するほど氷の塊が成長してしまうのだ。

 大半の家庭ではアルミ製の製氷皿を入れるだけだったから、大き目のマイナスドライバーで氷の塊を叩き割る作業はひと月に1回程度だったものの、マヌケな作業には違いなかった。

 そこでメーカーが投入したのが霜取り装置。いったん圧縮機の動作を止め、冷却器を電気ヒーターで加熱して霜を溶かす仕組みだ。霜が付くのは宿命なのだから、霜取り機能は装置の一部として標準搭載が当たり前だと思うのだが、メーカーはちゃっかりしている。新機能なんだと。

 広告の「スーパーフラッシュシリーズ」の場合、「タイマー式完全急速自動霜取装置つき」(現金正価63,000円)と「急速自動霜取装置つき」(現金正価57,000円)があり、タイマー式(電気時計)のほうが6000円高い。大卒初任給が2万円に届かなかった時代だから、たかがタイマーとはいえ、今どき値段にすれば5〜6万円になる。

 なお、富士電機が家電製品の製造から撤退したのは昭和51年。テレビの回転式チャンネル部分に白金(白金回路)を採用するなど、斬新なアイデアで際立っていたのに残念。

画像:朝日新聞夕/昭和38年6月10日

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