2017年10月01日

昭和乙ニュース(301)なんだか元氣が出る薬! 昭和27年

301_27-05-09_朝日_スメニンコーワ錠.jpg

 敗戦直後、「興和化學」は「陸軍衛生材料廠」の技術者を獲得。昭和23年、「胎盤」を原料にした滋養強壮剤「スメニン注コーワ」(注射液)を発売。専門医から「何だか元氣が出る薬」と大評判。

 広告の「特殊疲勞防止劑 スメニン コーワ球」は、それを「ポケツトに入れ容易く服用出来る様に」したもの。専門医の評判そのまま「なんだか元氣が出る薬!」となった。

 でもクスリだもの、元気が出る理由が「なんだか」だけじゃ困る。理路整然とした説明がほしいのだが、「なんだか」としか言いようがない事情だからどうしようもない。

 要するに「二〜三週間の運用」をすれば、「今迄どうしてもとれなかつた疲れが、いつの間にか無くなつている」し、「心臓・血管等循環機能を著しく増進する」ことは間違いない。

 ところが、なぜそうなるのかは不明。「有効成分は未だ完全に究明されるに至つてゐない」から、目下、研究中というわけ。だから「作用原理は別として」「効果本位で藥をお求めなさる方」に売る・・・ということなのだ。

 今どきでは考えられないが、逆に良き時代だったのかも。

画像:朝日新聞/昭和27年5月9日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年10月03日

昭和乙ニュース(302)変な男がママを脅してる 昭和42年

302_42-02-16_朝日_変な男がママを脅してる.jpg

 神奈川県藤沢市の「日本住宅公団辻堂団地」での出来事。3年前に入居が始まった新築の公団住宅だ。

 ドアチャイムが鳴ったかどうかは不明だが、「二階自宅のドア」を開けたとたん、見知らぬ「中年の男」が押し入ってきた。対応に出た妻(三三)は「長さ六〇センチほどの木の枝」で殴られ軽いケガ。男は「長ぐつのまま(部屋に)あがりこんで」しまった。

 時刻は「午後八時十五分ごろ」。会社員の夫(三六)は「留守中」。

 妻が恐ろしさに震えながら「帰ってください」と懇願するも、男は無視・・・その様子をうかがっていた息子(一〇)は、機転を利かして「ダイニングキチンから電話で三階の会社員に急報」。「変な男がママを脅してる」というわけだ。

 しばらくすると「同じむね」に住む会社員「四、五人」が駆け付け「男を室内に封じ込めた」。と同時に「藤沢署へ一一番」。妻と息子も「ドアの外へ逃げ出した」。

 以下は、封じ込められた男が「土足で八畳の居間からダイニングキチン」に入り込んで行なったコト。

 @電話線をひきちぎった
 A洗たく機のタイムスイッチをこわした
 Bミカン五、六個を電気冷蔵庫から出して食べた
 C栄養剤などをのんだ

 結局、「約四十分間」ののち、「かけつけた同署員に盗みと傷害の現行犯」で逮捕。男は「静岡県御殿場市」の無職(三二)で、「二、三日前まで郷里で土工をしていたが、やめて無一文になり腹が減って押入った」と自供したらしい。

 当時、新規賃貸住宅の住宅募集は平均倍率50倍ほど。憧れの団地住まいが出来たのは100世帯中2世帯。一方、完全失業者は100人に1人。いずれも狭き門(?)だったのである。

画像:朝日新聞/昭和42年2月16日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース

2017年10月07日

昭和乙ニュース(303)西郷さん夕涼み 昭和28年

303_28-07-28_朝日_西郷さんの夕涼み.jpg

 西郷さんの「足もと近くまで」迫ってきているのは「新興デパート」。昨年(昭和27年)、西郷隆盛像の真下に建てられた「西郷会館」(地上3階地下1階)のことだ。おかげで、上野駅周辺の闇市にあった露店のほとんどが収容された。

 写真は「向いの京成聚楽の三、四階」から撮影。すでに富士フイルムから「ネオパンSS」(ASA100)が発売されていたとはいえ、中央通りをはさみ距離40メートル、夜間の撮影だから苦労したと思われる。

「ネオンサインの商魂」と揶揄された「西郷会館」だが、レストラン「聚楽台」(座敷200席、テーブル100席)が2階に開店するのは昭和34年のこと。上野駅付近を通過する山手線の車内からもよく見えた。今どきの中高年の脳内にある記憶もこちらのほう。

 さて、肝心の記事。

 このごろ「銅像のサクの中」で青年が「かわるがわる大演説」しているのが気になる。何を演説しているのかと聴いてみると「ミナサン、ドモリは必ず治ります〜」・・・ドモリを治すための「実習」だった。

 次は新商売「泣きバイ」。「洋服生地」を広げ、途方に暮れている男の周りに人だかり。自称洋服屋が声をかける。

「いくら? 一反二千円? 安すぎる。ミンナ買おう」。でも持ち合わせがない。「どなたか六反分の一万二千円を立替えて。店で二千円お礼に出すけど、どう」・・・商談成立、「善良で欲深い」男が名乗り出た。

 ところが、二人で店にむかって同道中、「それ盗品だッ。ポリが来た!」とサクラの怒鳴り声。・・・結局、その場に取り残されたのは「一反五百円見当の安物生地」をかかえた「善良で欲深い」男だけ、という仕掛け。

 ・・・いずれも、昭和の思い出。残念なのは、「聚楽台」も閉店(平成20年)してしまったこと。「西郷会館」の老朽化にともなう取り壊しのためだ。同24年に全面ガラス張りの飲食複合施設「UENO3153」がオープンしたのだが、「聚楽台」は出店せず。

画像:朝日新聞/昭和28年7月28日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース