2018年02月05日

昭和乙ニュース(309)ご婚約中のおふたりに・・・ 昭和40年

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 ソニーが世界初のトランジスタテレビ「TV8-301」(8型)を発売したのは昭和35年。当時の売れ筋は四本脚タイプの14型だったから、誰もが持ち運び可能なテレビ(6Kg)の登場に驚いた。ちなみに平成時代の32インチ液晶テレビも6Kgほど。

 で、お値段は6万9800円也。大卒初任給が約1万3000円の時代だったから、今どきの価値に直せば90万円以上。でも、初めてのテレビに8型を買う人はきわめて少なく、ほとんどの人は5万8000円(今どきなら80万円)の14型を月賦購入した。

 それから5年後、昭和40年に登場したのが「ご婚約中のおふたり」にピッタリの「トランジスタTV12」。

 なぜピッタリかと言うと、「新婚世帯のほとんどが充分とはいえないスイート・ ホームからスタート 一室だけのカップルも約30%」あるから「場所をとる大型テレビは邪魔もの」。そこで注目したいのが「小さく 軽く 本棚の上 食卓の上 枕もと どこでも置ける」テレビというわけ。

 気になるお値段は4万9500円。大卒初任給は2万3000円ほど、今どきなら約40万円。当時、人気があったのは「家具調テレビ」の先駆けともいえる松下電器の19型「嵯峨(さが)」。お値段7万2500円(今どきの70万円近く)だったから、値段でも勝負! といったところか。

 なお右下に掲載されているのは、同じくトランジスタ式テレビの9型と5型。世界初の8型が14型より高かったように、小型化すればするほど値段がアップするのが一般的だが、9型=4万5000円、5型=3万9000円だから愉快である。

画像:朝日新聞/昭和40年9月28日

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2018年02月11日

昭和乙ニュース(310)黄変米、倉庫に二年間 昭和30年

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 国会の本会議で審議する前に、ある程度の道筋をつけるために事前協議するのが「委員会」。その動向を伝えるのが「委員会メモ」。記事になっているのは「社会労働委員会」「衆議院決算委員会」「衆議院文教委員会」の3つ。

 労働委員会では、労働基準法改正への対応が衆参で差があったこと。文教委員会では、基地周辺の学校に施す防音装置の費用を文部省の予算にするか、防衛費で処理するかという問題を取り上げている。いずれも一般市民には、とりあえず「ど〜でもいい」問題。

 ところが、決算委員会で論議された「黄変米問題」は由々しき問題。「黄変米」とは、貯蔵中に黄色や橙色に変色してしまったコメのことで、人体に有害な毒素を生成するカビの繁殖が原因。カビを退治しても、カビの生成物が肝機能障害や腎臓障害を引き起こす毒素となるから厄介なのだ。

 コトの発端は、横浜検疫所の輸入米調査(昭和27年1月)。6700トンの輸入米を調査したところ、約1/3が「黄変米」だったことが判明。問題のコメは、前年の12月にビルマ(ミャンマー)から輸入されたものであることがわかり、早速、倉庫からの移動禁止処分となった。

 それで一件落着となればよかったのだが、以降、輸入米を調査するたびに黄変米が見つかり、倉庫留め置きのコメが急増。社会問題化していく。今どきの青少年なら「輸出先に文句を言えばいいじゃん」となるのだが、そんなことは口が腐っても言えない事情があったから情けない。

 戦後の食糧難に対し、政府は少ない外貨を効率的に使うことに躍起になっていたから、コメの輸入価格を極力抑えることに奔走。その結果、品質二の次、輸送中の管理もないがしろになり、輸送中に米にカビが生え黄変米となってしまったのである。

「衆議院決算委員会」での論議は、「黄変米の倉庫料は月三千万円」もかかるから費用負担が大変、「(農林、厚生両省は)十六日までに黄変米処理の具体案をつくれ」と与野党が主張。それに対し「黄変米の倉庫料はわずかなものだ」と突っぱねたというから、今どきの委員会と同様、攻め処が甘すぎるんだな。

 結局、黄変米を再精米し、表面のカビを削り落としたあとに配給することにしたものの、在庫は減ることもなく保存は長期化。最終的には、家畜の飼料などの食用以外の用途で処分されたが、すべての処分には10年もかかったそうだ。

画像:朝日新聞夕/昭和30年12月11日

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2018年02月19日

昭和乙ニュース(311)東京AFRS 番組表 昭和25年

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 昭和25年11月7日付朝日新聞朝刊のラジオ欄。

 まだ民間ラジオ放送は始まっていないから、掲載されているのはNHKの「第一放送(870KHz)」と「第二放送(1100KHz)」、それに「東京AFRS(770KHz)」の3局だけ。

「AFRS」は「Armed Forces Radio Service」の略。いわゆる「進駐軍向け放送」「進駐軍放送」。米太平洋陸軍(US AFPAC)が日本放送協会(BCJ)に放送施設と「第二放送」の周波数を提供させたもの。終戦の年の9月23日に東京・大阪・名古屋・広島・熊本・仙台・札幌の7局が同時開局していたというから驚き。

 放送内容は、リアルタイムに近い感覚でアメリカの音楽・スポーツ・ニュースを伝えるものが多く、進駐将兵向け慰安放送という目的に沿ったもの。

 昭和26年、サンフランシスコ講和条約が発効して日本が独立すると、「AFRS」は「FEN(Far East Network/極東放送網)」と名を変え、平成9年からは「AFN(American Forces Network/米軍放送網)」に。

 昭和25年11月7日の「東京AFRS」を可能な限り再現すると、以下のようになる。

<2・00 フィラデルフィア交響楽團>
PHILADELPHIA ORCHESTRA

<4・30 ジャック・スミス・ショウ>
Jack Smith Show, Old Time Radio Show, The Clark Sisters

<5・45 マーガレット・ホワイティング 他の歌>
The Best! - Connee Boswell - Smoke Gets in Your Eyes

<6・15 ジョー・スタフォードとボッブ・クロスビィの歌>
Jo Stafford - As Time Goes By

<8・00 カーメン・ドラゴン楽團 ノーマン・ルボフ唱歌隊>
The Twelve Days Of Christmas (1950) - The Norman Luboff Choir

<10・00 ショウ・タイム トーマス・L・トーマス他>
THOMAS L THOMAS SINGS - I TALK TO THE TREES TV KINESCOPE

画像:朝日新聞/昭和25年11月7日


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2018年02月21日

昭和乙ニュース(312)車掌と学生 昭和31年

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「東京郊外の、小さい駅」で、学生が「サクの間をすり抜けて、ホームにかけ上がり電車に乗ろうとした」。要するに、改札を通らず、ホーム途中のサクをすり抜け、最短距離で電車に乗ろうとしたらしい。

 見ていた車掌は「トビラから乗出すようにして、学生に手をふった」。それを「いけません」という意味に受け取った学生は、あわてて「定期券を見せながら、改札口をひとまわりしてホームに帰って来た」。学生が電車に乗り終わると、車掌は「発車の合図」。

 ・・・なんて光景を目にした記者は「車掌の、規則破りは見逃さぬ半面、ゆとりのある態度がうれしかった」し、学生の「多分に愛敬ある行動によって、規則に従った素直さがほほえましかった」と大絶賛。さらに、このことが「乗合せた車中のすべての人の心をも和やかにした」と、少々、舞い上がり気味。

 今どきはどうか。すり抜けられるサクなどないし、改札を通さなかった定期券は降車駅の改札でハネられるから、「車掌と学生」のような「和やか」なことにはならない。

 ホームではなく「線路立ち入り」の場合は一時的に列車は停車、安全を確保(当該区間に誰もいないことを確認)するまで停車したままになる。悪質な場合、立ち入った人は列車往来妨害罪等により起訴されるから要注意。

画像:朝日新聞/昭和31年6月16日

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