2018年04月07日

昭和乙ニュース(314)その日につく“速達” 昭和27年

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 2年前(昭和25年4月)から一部の地域で試行されていた「即日速達」が、ついに東京郵政局でも実施されることになった。

 文字通り「その日のうちに着く」のが「即日速達」。さぞかし高額な速達料金が必要かと思ったら、通常の速達料金だけでOKだったからビックリ。

 ちなみに当時の郵便料金は封書=10円(20gまで)、はがき=5円。速達料金は25円。封書なら35円、はがきなら30円で「即日速達」となる。

 もちろん無条件で「即日速達」ではなく、事前に決められた「一定の時刻、配達地域」内に限られ、条件をクリアした速達には「即日配達」の印が押され、その日に配達される。

 たとえば「中央郵便局では午前十一時までは横須賀、千葉、甲府、横浜、高崎、水戸まで、午後六時に出しても都内なら即日届く」ことになる。

 手間のかかる「即日速達」が施行されたのは、配達遅延などで利用者が速達を敬遠しがちになった現状を改善するのが目的。だから絶対に「即日速達」が遅延するわけにはいかず、誤送チェックのため「即日速達」印の形状を変えて対応した。つまり奇数日引受=角形、偶数日引受=楕円形といった具合。

 便利な「即日速達」だったが、取り扱いは昭和36年11月14日をもって終了。

 今どきは、午前中に出せば「その日の午後5時までに配達」される「新特急郵便」が、「即日速達」と同じような存在。取り扱いは「札幌市内、東京都区内、名古屋市内、大阪市内、福岡市内」の同一地域。別途料金が822円必要。

 昔とくらべケチくさくなったと思ったが、封書だけでなく「長さ60cm、長さ・幅・厚さの合計が90cm以内」で「重さ4kgまで」の定形郵便物、定形外郵便物で利用可能だから、今どきのほうが便利かも。

画像:朝日新聞/昭和27年3月29日

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2018年04月09日

昭和乙ニュース(315)小遣い欲しさに中学生強盗 昭和40年

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 犯行現場は「文京区弥生町二ノ三ノ一四さき暗がり」・・・江戸時代に「暗闇坂」と名づけられたところだ。加賀屋敷北裏側と片側寺町の間の坂は、樹木が生い茂り薄暗く寂しかったから「暗闇坂」というわけ。

 抱きつき強盗に及んだのは「区立中三年生(一五)」。被害者は帰宅中だった「無職柳井小夜子さん(二二)」。小夜子さんの家は「文京区弥生町二ノ三ノ三」だから「暗闇坂」とは目と鼻の先。おそらく不忍通り方面から歩いてきたと思われる。

 今どきなら街路灯などがあり、「午後八時すぎ」でも暗闇とはならないが、おそらく昭和40年当時は真っ暗闇だったのではないか。ちなみに6月12日は、かなり明るい「月齢12.2」だったが、午後から雨が降り続いていた。

 犯行後、すぐに「強盗未遂の現行犯で逮捕」されたのは「本富士署のパトカーが通りかかった」から。「何も取らずに逃げ出した」少年は、パトカーに「三十メートルほど」追いかけられてから逮捕された。動機は「こづかい銭が欲しくて」。

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▲文京区弥生町あたり。「暗闇坂」が明記されている。

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▲現在の「暗闇坂」。手前、左側の建物の住所は「文京区弥生町二ノ三ノ三」。小夜子さんの家があったところだ。

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▲昭和40年の文京区弥生町あたり。今どきとくらべると「暗闇坂」は樹木が生い茂り薄暗く寂しそう。

画像:朝日新聞/昭和40年6月13日

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2018年04月11日

昭和乙ニュース(316)ハトの競飛大會 昭和22年

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「青森懸野辺地、東京間六〇〇キロ傳書バト競飛大会」が行なわれる。「空の選手」は二十五羽。「一都二懸(東京、千葉、埼玉)」の「八鳩舎」から持ち寄ったものだ。

 これほどまでの「長距離の競飛大会」は、戦後初で「昭和十六年以來六年ぶり」のこと。・・・残念ながら結果は不明だが、ほとんどの選手が帰還したと思われる。

 ちなみに「2017年地区ナショナルレース(東京ブロック連盟)」では、青森県野辺地−東京間(1419.822メートル)を6時間51分57秒で飛んだハト君が総合優勝。東北新幹線の東京新青森間は3時間ほどだから、結構、速い。

 なお昭和45年を境に平均帰還率は低下傾向にあり、なかには数千羽規模のレースでも全滅してしまうことがあるというから驚き。

 今のところ明確な原因は解明されていないが、以下の3つの説が有力らしい。

@猛禽類の大増殖。
A携帯電話による電磁波の影響。
B外来種偏重およびスピード重視の改良が横行。

 ハトが「空の選手」として生きていくのも大変だ。

画像:朝日新聞/昭和22年6月3日

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2018年04月13日

昭和乙ニュース(317)スジとシン 昭和32年

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「スジとシン」とは「筋と芯」のこと。理屈としての「筋」はいいから、公僕精神の「芯」を見せてくれということらしい。ピンとこないけど。

 話の発端は、朝日新聞東京版「もの申す」欄に掲載された「都営住宅にかこまれた個人住宅の<一住民>氏のなげき」。その「なげき」とは、「つい鼻の先まで都営住宅の水道管が来ている」から、これ幸いとばかり自宅水道を引こうと思ったのだが、ダメだった・・・というもの。

 すでに引かれている水道管の所有者は「都民生局援護課」。ココが許可すればすんなりなのだが、「援護課長」は「もらい水は許しません」。「個人の責任で、本管から水を引けばよいではないか」と冷たい。 水を分けた結果、都営住宅の水が不足してしまったら「援護課」の責任になってしまう・・・というわけだ。

 そこで「スジ」と「シン」。役所が個人の「もらい水」を拒否して「スジ」を立てるのはいいけれど、それではあまりにも「うるおい」がなさすぎる。都民が求めているのは公僕精神の「シン」。俯瞰的視野に立った水道敷設計画が必要なのではないか、と記者はなげく。

 今どきは、水道本管に接続するのは役所への申請でOK。ただし、給水工事は役所指定の工事店が行なうことになるらしい。「役所指定の工事店」というのが「スジ」というわけ。

画像:朝日新聞/昭和31年3月12日

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2018年04月15日

昭和乙ニュース(318)天下晴れてアドバルーン 昭和24年

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 Wikipediaによると、アドバルーンは「戦後しばらくもGHQの命令により禁止されていたが、講和条約(昭和26年)以降は解禁」とあるのだが、どうやら間違い。

 昭和24年11月26日付朝日新聞によれば、「終戦後はじめて、連合軍総司令部から正式に許可されたアドバルーン」は「銀座に二つ、新宿に一つ」、「ポッカリと東京の空に浮んだ」とある。25日のことだ。

「地上二十二メートル」に係留されたバルーンの直径は「二・五メートル」。浮揚ガスに「約八立方メートルの水素ガス」を使用。※今どきは不燃性のヘリウムを使用。

 広告主は「東京郵政局」。広告幕は「お年玉付年賀郵便」「生活安定に郵便年金」で、「はなはだ殺風景」なのだが、「久し振りにブーラリブーラリと空をおよいで人氣をさらつていた」という。

 気になる1日の広告料金は「一万五千円前後」。小学校教員の初任給が4000円ほどの時代だったから、かなりお高い。

画像:朝日新聞/昭和24年11月26日

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