2018年06月15日

昭和乙ニュース(345)東洋一の水族館 昭和25年

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 東京上野動物園の開園(明治15年)から半年遅れで開館したのが「観魚室(うをのぞきしつ)」。トンネル風の施設で建坪17.5坪、小ぶりだったから「館」ではなく「室」。日本初の水族館だ。

 昭和4年に「水族室」が開館。こちらも「館」ではなく「室」だが、かなり立派な建物だった。

 そして昭和25年。記事にあるように、「境界を不忍池にまで拡張」する計画にともない、「東洋一を誇る水族館を建設」することになった。

 設計は「丹下健三東大助教授」。完成した「百分の一模型」は、上野美術館で開催の「新制作派協会展」に出品。「藝術水族館」という名前だったらしい。※写真は模型を指さす丹下東大助教授と古賀園長。

 特徴的な「波状の屋根」を持つ「建坪約五百坪の鉄筋コンクリート平家建」。「水ソウの暖冷房装置」など「最新科学の粋」を採用した近未来志向の最新水族館だ。総工費は「千五百万円」。10月中に着工し、翌26年3月落成の予定。

 ・・・と、記事は「予定」で終わっているが、建設工事は順調ではなく、予定は「未定」となり、関係者一同、頭をかかえる事態に。

 ところが落成予定の直前(昭和26年1月17日)、園に隣接する施設から出火して施設の一部を焼失する事態が発生。「焼け残り部分を水族館にしたら予定に間に合う」というわけで、焼け残り部分を買収、動物園の工事課が設計をやり直して完成にこぎつけたのが「海水水族館」。「東洋一の水族館“藝術水族館”」は幻で終わってしまったのだ。

 以降は、昭和39年に「新水族館」が開館。平成1年に「葛西臨界水族園」へ移行となったとさ。

画像:朝日新聞/昭和25年9月22日

posted by sankiyou at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昭和乙ニュース
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