2018年06月01日

昭和乙ニュース(338)“太陽映画”自粛させる 昭和31年

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「マス・コミュニケーション倫理懇談会」が「映倫」に送った「“太陽族映画”自粛要望書」に対する回答だ。

 それによると、「一部の映画作品が物議をかもしたこと」を反省。審査は「慎重を期すべく努力」する。とくに「<性>と<暴力>には留意」したい・・・「今後は、些細なコトでも、しっかり修正要求しまっせ」という返事だった。

 記事中の「一部の映画作品」とは、昭和31年6月28日封切の映画『処刑の部屋』(大映、監督:市川崑/主演:川口浩、若尾文子)のこと。石原慎太郎の短編小説を映画化したものだ。

 問題になったのはレイプシーン。酒の中に睡眠薬を入れられた若尾文子が正体不明になり、川口浩に暴行されるのだが、脚本の段階で映倫から何度も修正要求を出されていたらしい。

 どの程度、修正要求に応じたのかは不明だが、公開後に主婦団体や教育団体から猛烈なバッシングを受けることになる。さらに、映画のシーンを真似た性犯罪や暴力犯罪が多発し、世間は“太陽族映画”に強い嫌悪感を抱くようになった。

 ちなみに「太陽族」とは、夏の海辺などで刹那的、快楽的にたむろする不良たちのこと。最近の若いもんは・・・とは言わない大宅壮一のセンスが光る言葉で、流行語になった。

▲映画『処刑の部屋』。レイプシーンは40分頃からだが、今どきの感覚ではバッシングを受けるようなシーンだとは思えない。

画像:朝日新聞/昭和31年8月23日

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2018年05月31日

昭和乙ニュース(337)西武園・ユネスコ村 昭和32年

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 日本のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)加盟を記念し、「西武・ユネスコ村」(西武鉄道)が開園したのは昭和26年。

 wikipediaには、「園内は縮小された世界各国の建築物やオランダの風車、トーテムポールなどで飾られ」ていて「人気行楽地」。さらに「アイドル歌手のイベントが数多く行われた場所」・・・とある。

 前年(25年)に開通した「おとぎ線(おとぎ列車)」は、開園にともなってユネスコ村駅を新設し、全長3.7キロの「多摩湖ホテル前−ユネスコ村」となった。

 広告どおりなら「池袋・西武新宿・高田馬場から約40分」。都心からそれほど離れておらず、快適な日帰り圏内にあるから、「遠足に・ピクニックに」最適な行楽地だった。

 残念ながら平成2年11月、施設の老朽化のためユネスコ村は閉園してしまった。

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▲昭和27年7月、「おとぎ線」を「山口線」に改称。同38年7月「多摩湖ホテル前駅」を「西武遊園地駅」に改称。同54年3月、「西武遊園地駅」を「遊園地前駅」に改称。同60年4月、「西武遊園地 - 西武球場前間 (2.8km)」開業。同時に「遊園地前 - ユネスコ村間」廃止。※国土地理院2万5000分1「所沢」(昭和58年修正)。

画像:朝日新聞夕/昭和32年9月19日

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2018年05月29日

昭和乙ニュース(336)垂直上昇旅客機 昭和33年

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「ロートダイン(Rotodyne)」の初飛行は昭和32年11月6日。イギリスの航空機メーカー「フェアリー・アビエーション」が開発した「世界初の垂直上昇旅客機」だ。

 オスプレイと異なるのは、「上部の大きなジェット回転翼」と主翼の左右に搭載された「ターボ・プロップ」が独立しているところ。ジェット回転翼で垂直離陸したあとは、ターボ・プロップで水平飛行となる。

 無動力となったジェット回転翼は、進行方向からの気流で回転し、揚力を補助。高速性を維持しつつ、低燃費を実現する仕組み。

 近々に「ロンドン、パリ間に就航」。「パリまで一時間四十分(時速二百四十キロ)で飛ぶ」ことができるので、従来は「四時間半もかかった旅が約三分の一に短縮」されることになる。

 ところが離着陸時の激しい騒音、一般的な旅客機とくらべ割高な運航費、操縦の難しさなどが問題となり、「ロートダイン」の開発は中止。結局、生産されたのは1機のみ。ロンドン−パリ間の就航は幻になってしまった。

▲The Fairey Rotodyne

画像:朝日新聞/昭和33年4月16日

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2018年05月27日

昭和乙ニュース(335)地価はうなぎのぼり 昭和32年

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 原子力の平和利用の推進を目的とした日本原子力研究所(JAERI)が設立されたのは昭和31年6月。翌32年、茨城県那珂郡東海村に東海研究所が設置された。その工事が始まったころの記事だ。

 それによると、工事開始から10か月の間に「地価は五、六倍にハネ上った」らしい。だから農家は、サツマイモをつくるより土地を貸すほうが儲かるとあって、賃貸オンリー。もう農業には戻れない。

 さらに「東海銀座」ができ、いずれも「バラック建て」なのだが「すし屋が二軒、 トウフ屋が二軒、雑貨屋が三軒、それに飲み屋が十軒以上」という豪勢ぶり。茶店や水戸市内では「原子力ようかん」 「平和ようかん」も登場したという。

 でも「村の経済通」は「ブームにはまだまだ」とみる。日本原子力研究所が東海村につぎ込んだ金が少ないと思われるからだ。だから「銀座の経営は四苦八苦」。貸し倒れが多いのも、「せいぜい二、三百人の労務者のフトコロ目当て」だからだ。「わずかの間に持主が四代も変ったところ」すらある。

 銀座の住人は「よそから流れてきた人」ばかり。いずれも「住民登録」しないので、村に金は落ちない。さらに「畑に勝手に店を建てる」者もいるから困りもの。

 哀れをさそうのは、「阿漕浦の横で旅館をはじめようとした隣村のおばさん」。自宅を壊して湖の横に家を建てたのだが、営業は不許可。「湖の水が原子炉の冷却水になる」というのがその理由。そのため、「半年近くも湖畔の家で一人寝をつづけている」という。

 平成17年10月、日本原子力研究所は核燃料サイクル開発機構との統合に伴い解散、独立行政法人日本原子力研究開発機構となった。略称は同じく原研。

画像:朝日新聞夕/昭和32年6月6日

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2018年05月25日

昭和乙ニュース(334)プラカード 不敬罪 で起訴 昭和21年

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 昭和21年5月19日、「帝都食糧メーデー」に登場した「プラカード(標語板)」の文句が問題になった。「・・・朕はたらふく食つてゐる、なんじ臣民飢ゑて死ね・・・」と書かれていたのだ。

 問題視したのは「東京地方檢事局」。「自由法曹團は抗議をしてゐた」にもかかわらず、6月22日に起訴と決まった。

 実際のプラカードには表面と裏面があり、表面には「ヒロヒト 詔書 曰ク 國体はゴジされたぞ 朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ」、裏面には「働いても 働いても 何故私達は飢えねばならぬか 天皇ヒロヒト答えて呉れ 日本共産党田中精機細胞」とあった。

「檢察當局」が「もつとも慎重に檢討」したのは、今後、類似事件に対する「取扱ひ基準」となるから。「檢事正談」は、言論の自由とはいっても「一般に個人の名譽が護られなければ、民主化はかへつて妨げられる」というもの。

 ただし、プラカードの持ち主は不敬罪で起訴されたものの、第一審(昭和21年11月2日)では不敬罪は認められず名誉棄損罪となった。GHQの意向だったらしい。

 で、裁判の行方はどうなったかというと、控訴審(昭和22年6月28日判決)で免訴の判決が下された。日本国憲法公布にともなう大赦令というわけ。

 大赦とはふざけてる、無罪が妥当だろ・・・被告人は無罪判決を求めるも、最高裁は上告を棄却。大山鳴動して鼠一匹といった塩梅だったのだ。

画像:朝日新聞夕/昭和21年6月23日

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